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last updated 1997/08/18

第95話(全130話)

ちいさなドラゴン(1/2)




10 ちいさなドラゴン

「ねえ、どうして寝たふりなんかしてるの?」
 ちいさなドラゴンが尋ねた。フィンフィンは仰向けになって倒れ、足を天に向かって跳ね上
げ、前進を硬直させて、目をカッと見開いていた。
〈寝てるんじゃないよ。ぼくは死んでるんだ〉
 フィンフィンが応える。応えてしまってから、しまった、と思ったけれど、もはや遅かった
。ドラゴンはチョコチョコと近づいてくると、面白そうにフィンフィンの顔を覗き込む。
「じゃあ、どうして死んだふりなんかしているの?」
〈どうしてって・・・〉
 訊かれて、フィンフィンにもどうして自分はいきなり死んだふりなんかしてるのかわからな
くなる。それは本能だった。ドラゴンを目の端に捉えたら、とにかく死んだ真似をして通り過
ぎるのを待て。本能がそう命令するのだった。
 だけど、どうして? と尋ねられると、答えに困ってしまう。何か理由があればいいのだけ
ど、こんなちいさな赤ん坊ドラゴンが怖い、だなんて言ったって笑われるだけだろうとフィン
フィンは思う。人間の子供の中には(とくに女の子には)蛇や虫やミミズのような手足のない
ニョロニョロしたものが大嫌いで、目の前に現れると卒倒してしまう、という子が少なくない
けれど、あれもやっぱり本能が拒絶しているのだろう。理由はない。嫌なものは嫌なんだから
仕方がない。そうは思う。
「ぼくが怖いの?」
〈怖いわけじゃないよ。きみのことが怖いわけないじゃないか〉
 言って、フィンフィンは体を起こした。本能がどう言おうと、こんな子供のドラゴン相手に
死んだふりなんてしてたって仕方ない。
〈きみの親がここにいるんだとしたら、ちょっと怖いだろうけどね〉
「パパはいないよ。ママもいないんだ・・・」
 子供ドラゴンは淋しそうに言った。ひとりでこんな移動する星空の上に囚われてしまって、
たまらなく不安だったのだろう。
 フィンフィンも、この子供のドラゴンもR棟と呼ばれる倉庫に放り込まれていた。ここはた
だのだだっ広い空間で、どうやら捕獲したばかりの動物を検疫するための場所らしい。空気が
薬臭いから、たぶんそうだろうとフィンフィンは思う。自分とワーターと子供ドラゴンのほか
に、一頭のグリートンがいた。グノートンはけれど、何を騒ぐでもなく、隅のほうにうずくま
ってぐうぐうと居眠りをしていた。
 ワーターはマリカのことが気になって仕方ないのだろう、閉ざされたドアの前にぴったりと
くっついて立ち、外の様子を必死に伺っている。いますぐマリカのもとへ走りたい。ワーター
がそれを切望しているのは、すぐにわかる。ワーターは飼い主から離されると、ひどく狼狽し
てしまんだ。
〈大丈夫。すぐにパパやママに逢えるよ〉
 フィンフィンは言う。すぐにここから抜け出して、ワーターをマリカの側へと戻して挙げな
きゃいけない。そしてその時はこの子供ドラゴンも一緒に連れて行こう。マリカは嫌がらない
はずだし、ドラゴンだってマリカと一緒なら、きっと両親のもとへ帰れるだろう。
 フィンフィンはそう思い、何故だか天敵であるはずのドラゴンの身の上を心配している自分
に気づいて首を傾げた。
 ぼく、どうしちゃったんだろ。選りにも選ってドラゴンを助けようだなんて、いったい何を
考えてるんだろ?
 ドラゴンが怖くて、こんな赤ん坊ドラゴン相手でも死んだふりをしてしまう自分の本能も理
解できなかったし、その本能を無視して赤ん坊ドラゴンを助けたいと思ってしまっているいま
の感情も理解できなかった。
 考えるな。と、そういうことなのかもしれない。理屈を求めず、ただ風に従え、とこれはそ
ういうことなのかもしれない。フィンフィンはアーバムの言っていたことを思い出す。風に従
え。旅を続けよ。
 旅、というのが結局、自分をみつめる過程のことを言うのだとしたら、間違いなくフィンフ
ィンもいま、旅をしているのだろう。みつめてみたら、いままでは当たり前だと思っていたこ
とが、意味のない習慣だと気づいてしまった。みつめてみたら、自分の天敵にすら同情を寄せ
てしまう、そんなやわらかなハートが体内に息づいていることに気づいてしまった。そういう
ことなのかもしれない。
「ここから逃がしてくれるの?」
 訊く赤ちゃんドラゴンに、フィンフィンは「もちろん」と強くうなずいてみせる。
 どうやったら逃げられるのだろう? その作戦も計画もまったく思い浮かばないのに、ただ
絶対に逃げ出せる、という自信だけはあった。フィンフィンはその自信がどこから来るのか感
じ取ろうとする。耳をすまし、心をすましてみる。その確信の湧き出す泉を捜し当てれば、そ
こに解答があるような気がした。フィンフィンはその直感に気持ちを集中する。風に従え。そ
れは、こういうことだとフィンフィンは理解した。

(つづく)




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